潟Rーナン・メディカルは、終戦直後の1947年、旧制甲南高校(現甲南大学)写真部の有志が「よそにないカメラをつくりたい」という思いで設立した甲南カメラ研究所が母体である。当時はカメラ撮影に当たっては事前に暗室でのフィルムの装填や距離合わせ等が必要であったがカートリッジ式のフィルムを採用したり距離あわせを意識させない良い当時としては画期的な“殆ど準備を必要としない小型カメラ「コーナン16」”を研究開発し、その特許のライセンシングで得た資金で小型カメラ等の研究を始めるというカメラ分野におけるベンチャー企業の走りであった。その後、受託研究という形で開発分野を事務用機器やOA機器、FA機器と広げていったが、大手企業等からの委託研究という事業形態に限界を感じた三代目社長は、「このままでは成長できない、自社で製品の製造・販売を行うべき」と考え、大企業が進出しにくい程度の市場をターゲットとした高付加価値の商品開発に未来を見いだすことになる。テーマはカメラづくりを通してその基礎を培った「人間の眼」におき、「眼底カメラ」や「手術用顕微鏡」を開発、更に、角膜の研究で世界をリードしていたロンドン大学等と提携して特殊なカメラを研究開発、製品化することにより同社の安定的成長の基礎を築いた。
創業以来10年ごとに新しいビジネスを立ち上げることをコンセプトとして、常に新しい展開に貪欲に挑戦する成長志向の会社である。 |