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最終更新日:平成28年8月1日
近畿経済産業局では、近畿地域にある製薬メーカーや高い技術力を持つものづくり中小企業、独自のサービスを提供するサービス企業の集積を活かし、再生医療研究に取り組む大学や研究機関の協力も得ながら、産業界のパートナーシップを促進することで再生医療の実現加速化と新産業の創出を目指して、昨年8月に「関西再生医療産業コンソーシアム」を立ち上げました。これまでの具体的な活動としては、KRIC参加登録企業へのヒアリングを通じて再生医療分野に参入する企業のビジネス拡大に向けた課題を抽出・把握し、中小企業等がもつ製品、サービス等のシーズとのマッチング(クローズ型、オープン型)の実施や、主に新規参入企業を対象とした法規制や先行事例を学ぶ基礎セミナーの開催、複数企業が取り組むべき課題として挙げたテーマについて、アカデミアのプレゼンと参加者との議論で進める勉強会の開催等を行ってきました。
活動2年目を迎え今年度のキックオフとして開催したKRICフォーラムは、企業はもとより金融機関や産業支援機関、海外行政機関など約130名の方々に参加をいただき、再生医療の実現加速化に向けた産業界の機運の高まりが感じられるイベントとなりました。
以下では、基調講演、講演、パネルディスカッションの概要を報告します。
京都大学 iPS細胞研究所 教授 山下 潤 氏
山下教授はバイオベンチャー「iHeart Japan株式会社(京都市)」と連携し、自身の研究シーズの製品化(心臓の再生)に取り組んでいます。日本人の死因の第2位「心疾患」、第4位「脳血管障害」はいずれも心臓や血管障害に起因するものです。また、心筋症は全国で約1.8万人の患者がいますが、根本治療法は心臓移植のみであるにも関わらず、日本ではドナー不足により年間わずか30~40件に留まっている状況です。
こうした状況を打破するため山下教授は心臓や血管を研究ターゲットとし、マウスのES細胞を活用して世界で初めて血管の誘導分化に成功しました。現在は、ヒトiPS細胞を活用した心臓組織の作製に取り組んでいます。山下教授の研究では、iPS細胞から分化させた心筋細胞だけでなく、血管のもとになる内皮細胞と壁細胞を混合してシート状にしたことにより、従来に比べ細胞の生着率を飛躍的に改善させ、心筋細胞単体よりも心臓に作用する分泌物質を大量に増やすことに成功しました。
しかし、研究の過程では多くの課題もありました。当初は、心筋梗塞モデルのラットへES細胞由来の心筋細胞懸濁液を直接移植していましたが、心臓への移植細胞の生着効率が悪いという課題がありました。この課題には、細胞をある程度の塊にすれば生着効率が上がるのではないかとの発想のもと、細胞をシート状に培養させることで解決を図りました。東京女子医科大学の岡野光夫教授、清水達也教授が開発した温度制御により培養皿からダメージを与えず細胞をシート状に剥離させる温度感受性培養皿のようなものづくり技術も大きなブレークスルーになりました。
しかしながら、作製したシートは移植後1ヶ月もすると無くなってしまうため、次のステップとして、シートを何重にも積む(多層化する)ことで解決を試みましたが、多層化をすすめるほど中間層の細胞には酸素が行き渡らず、死んでしまうため、積層枚数に限界がありました。これに対しては京都大学の田畑泰彦教授との共同研究により、シートの間に生体材料(バイオマテリアル)であるゼラチンハイドロゲルの微粒子を挟み込むことで、多層化しても十分な酸素が行き渡るようになり、5層シート化が実現し、細胞の生存率も大きく改善できました。現在は15枚の積層化まで実現し、ブタでの実証を行っています。
今後、製品化に向け品質のバラつきの排除や安全性の評価及び確保など、課題はまだまだ山積みでありますが、これらに対する産業界の貢献に期待を示されました。
一般社団法人再生医療イノベーションフォーラム 運営委員長 横川 拓哉 氏
一般社団法人再生医療イノベーションフォーラム(略称「FIRM」)は、再生医療の普及のために産業化を目指す業界団体であり、2011年6月に設立されました。当初はボランティアベースの14社による組織も、再生医療市場に対する関心や期待の高まりを受け、現在では199社(2016年6月時点)が参加する組織へと拡大しています。
主な活動内容は、関係企業が集まり標準化部会やサポーティングインダストリー部会、規制制度部会等の枠組みの中で、どのような標準をどの程度まで作るのか、企業間の協力と競争のあり方を議論したり、世界中から再生医療関連企業を日本に誘致すべく海外の再生医療団体と国際連携の構築などに取り組んでいます。
講演の中で横川氏からは、研究からシーズが実用化され実際に患者に届くまでには時間的に大きなギャップが存在しており、その距離を短縮するのが産業界の役割ではないかとのコメントがありました。再生医療分野では技術のすり合わせや組合せが重要となり、それを実現するためにもこれまでの自前主義を改め、強固な企業間のネットワーク構築が重要であると言えます。医薬品では欧米に圧倒的な主導権を握られていますが、再生医療分野では日本で世界最先端の研究が行われ、最もビジネスが行いやすい法制度が整備されています(後述)。こういった日本の強みを伸ばしつつ、従来日本が弱い標準化活動や国際連携などの部分を解決することで、日本が再生医療の産業化を主導できると参加企業に呼びかけました。
新たな企業がどんどん参画しビジネスの機運を高めることが重要であり、日本の優れた研究開発の成果をいち早く製品化し、世界の患者に届けるためにもFIRMやKRICが産業界を巻き込み、活動を一層活発化する必要があると述べられました。
パネルディスカッションでは「再生医療の実現加速化に必要なこと」をテーマに、事前に参加者から集めた質問や関心事項を中心に、産学官それぞれの立場からコメントをいただき、質疑応答等を通じて議論を深めました。
再生医療を取り巻く環境は、2014年11月に「再生医療等安全性確保法」が施行され、従来の制度では自由診療等における細胞の培養は医療機関内で行う必要がありましたが、新制度によって細胞培養を専門業者に外部委託することが可能となりました。同じく薬事法を全面的に見直した「医薬品医療機器等法」では、従来の“医薬品”、“医療機器”に加えて“再生医療等製品”が新たに定義付けられるとともに、必ずしも均質でないという再生医療等製品の特性を踏まえ、条件及び期限付き承認制度が導入されました。再生医療の研究開発から実用化までを推進する法制度が整えられたことにより、我が国は再生医療について最も進んだ法制度をもつ国として、世界の医療関係者、研究者等から高い関心を集めています。
参加者から最も多く質問が寄せられた「再生医療新法施行によって、実際にビジネス環境がどう変わったと感じるか」について、実際に再生医療関連事業を手がける大日本住友製薬株式会社 土田再生・細胞医薬事業推進室長及び株式会社ジェイテックコーポレーション 津村代表取締役社長からは「政府の支援に加え規制当局側(PMDA)も、何とか再生医療等製品を生み出すための後押しをしようという雰囲気を強く感じる(土田)」、「法施行により従来グレーであった細胞自動培養装置が、明確に医薬品でも医療機器でもないと判断され、上市計画が立てやすくなった(津村)」と事業展開をする上での環境の改善を評価するコメントがありました。
一方で、「製品化された前例が少ないため薬価や保険償還、条件付き承認を得た場合の本承認に至るまでのレギュラトリーパスがまだ不明確(土田)」、「1度認可を取ってもプロトコルの変更の度に認可を取り直さなければならない手間があり、新しいものを取り入れるのに慎重になる(津村)」との指摘もあり、未だ課題も多く残されています。
一般社団法人再生医療イノベーションフォーラム 横川運営委員長は、新法の施行により短期に承認が得られた製品(実例)が生まれた意義を強調しつつも、「世界的に再生医療の研究シーズはまだまだ不足している。世界中から事業を行いたい企業が積極的に日本のアカデミアシーズの獲得を狙っており、その点は日本の企業が乗り遅れているように感じる。」との懸念を提示しました。また京都大学 iPS細胞研究所 山下教授は、「日本において、基礎研究は強いが医療応用になると米国にいつも負けており、それが当たり前の雰囲気があった。しかし、再生医療分野では日本が世界をリードできるのでは、という意識の転換が見られ始めている。一方でアカデミアがベンチャーを立ち上げたり、事業展開することに理解を示さない人も多く、一層の意識改革が必要。」と、研究者側から見た新法施行による変化と今後の課題を指摘されました。
(写真左より 京都大学 iPS細胞研究所 山下潤教授、大日本住友製薬株式会社 土田敦之再生・細胞医薬事業推進室長、株式会社ジェイテックコーポレーション 津村尚史代表取締役社長、一般社団法人再生医療イノベーションフォーラム 横川拓哉運営委員長、近畿経済産業局 吉野潤地域経済部長)
続いて「再生医療の実現加速化に向けて産業界が果たす役割や期待される役割」について、山下教授からは「多少の困難が伴っても必ずやるという企業の意気込みや覚悟が重要であり、産学あるいは産産で信頼関係が構築できることによって強いチームが作られる」と、再生医療分野への参入には強い決断力が必要と企業に向けて激励のコメントがありました。
企業側からは「オープンイノベーションが重要な分野であり、装置や培地・試薬から解析や輸送サービスなど色々な形で参入する機会が考えられるので是非多くの企業に参入を検討してほしい(土田)」と様々な業種やプレーヤーが参画する重要性が指摘されました。
また、「大手企業では自社技術にこだわりブレークスルーできないことも、中小企業だからこそアクティブにチャレンジできる可能性があり積極的にチャレンジしたい(津村)」、「責任者が現場をよく知り意思決定の早いのは中小企業の強み。アカデミアのシーズと組み合わさりどんどん製品が生まれるのを期待したい(横川)」と、特に中小企業の積極的な市場参入への期待が寄せられました。これを受けて当局吉野地域経済部長からは「産学、産産の出会いの場を増やしていきたい。再生医療の実現加速化に向けたオープンイノベーションを積極的に支援していく。」とKRICの活動をより強化していくと伝えました。
最後にパネルディスカッションの総括として、モデレーターを務めていただいた京都大学再生医科学研究所田畑泰彦教授からは、「再生医療分野におけるビジネスは一見始まっているように見えるが、よく調べてみれば抜けている部分も多く、これからでもまだまだ参入のチャンスは大いにある。企業間連携の促進や試作品開発支援、試作品を製品化に繋げる橋渡し機能など、今後のKRICの活動に期待したい。」とのコメントがあり、多くの参加企業が市場参入意欲を新たにする機会となりました。
今回のパネルディスカッションでの議論も踏まえ、KRICでは再生医療の実現加速化に向け、一層のニーズ・シーズの発掘及びマッチング、情報提供、共通課題の検討の場の設置、関係団体とのネットワークの構築に注力して参ります。再生医療分野での事業展開において、他社との連携を模索される企業や、市場参入意欲のある企業の方は是非KRICにご参加いただければ幸いです。
近畿経済産業局 地域経済部 バイオ・医療機器技術振興課
電話:06-6966-6163