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最終更新日:平成30年11月1日
紀州桐箪笥・胴丸型
和歌山県の伝統的工芸品の一つである紀州箪笥。紀州箪笥は桐の柔らかな質感・色調・木目の美しさを活かし、安らぎと優雅な雰囲気を醸し出しています。また、伸縮や狂いが少なく、さらに、湿気の多い時には水分を吸い、乾燥時には水分を出す恒湿性を持っているので、火災の際には、水を吸って燃えにくく、「身を焼いて、中身を救う」と言われています。
今回はその紀州箪笥の伝統工芸士でもある「有限会社家具のあづま」の代表取締役社長の東福太郎(あづま ふくたろう)さんを訪問しました。
東さんは明治24年から続く木材屋に生まれました。小学校の卒業アルバムには子どもながらに父親を喜ばせたいという思いから「世界一の桐箪笥職人になる。」と書いていたそうですが、成長するにつれて桐箪笥の道からは遠ざかり、大学では経営学を学んでいました。
大学3回生のある日、友人であるイタリアンのシェフに将来のことを聞かれ、その時に一枚の写真を見せられました。それは友人の父親が断崖絶壁から命がけで撮影した、ノイシュバンシュタイン城の美しい写真でした。その写真を撮るためにかけた情熱を感じた瞬間、「先祖代々受け継がれてきた紀州箪笥の技術・技法を自分の代で終わらせてはいけない。」と一念発起し、京都伝統工芸専門学校(現京都伝統工芸大学校)に入学し、指物や木工を学びました。
卒業後も貪欲にさらなる高みを目指し、父親の仕事仲間からは特殊な技法を学び、漆塗りの技術は香川県まで修行に行き習得しました。通常は刷毛で漆を塗りますが、東さんは手で漆を塗る技術を習得し、刷毛よりもきめ細やかに漆を塗ることができるようになりました。
かつては嫁入り道具の一つでもあった桐箪笥。現在では、マンションに備え付けのクローゼットがあり、箪笥を使わない家庭が増え、桐箪笥の需要が減少しています。そのような現状をどう打破していくのか、日々悩んでいたときに、一般財団法人伝統的工芸品産業振興協会が主催し、メイド・イン・ジャパン・プロジェクト株式会社が企画運営した「DENSAN ACADEMY」に参加しました。その企画運営者でもあり講師でもあったメイド・イン・ジャパン・プロジェクト株式会社の赤瀬浩成さんとの出会いが最初のターニングポイントでした。
桐箪笥を後世に残すために、「桐の雑貨をかかげ東京で勝負する。」と赤瀬さんに講習を受けたその日に宣言し、桐の雑貨ブランド「Active Zone」を立ち上げ、様々な商品開発を行ってきました。
次のターニングポイントは、トヨタ自動車株式会社と全国のレクサス販売会社が主催する「LEXUS NEW TAKUMI PROJECT 2017」に和歌山県の「匠」として選出されたことでした。ここでも様々な人との出会いがあり、次のステップへと繋がっています。
桐のビア杯 鳳凰
プロジェクトのサポートメンバーの一人は、DENSAN ACADEMYの講師でもあった下川一哉さんでした。下川さんと再会し、「期待している」とプレッシャーをかけられ、新しい桐の雑貨製作にチャレンジします。「桐の魅力を伝えたい。何を作れば伝わるのか。」試行錯誤しながら「桐のビア杯 鳳凰」を完成させました。古代中国では訪れる所に幸せをもたらす鳳凰は桐の木に止まるという言い伝えがあり、桐の木は神聖なものとされてきました。そのストーリーを基に、桐によって人を幸せにしたいとの願いを込めた作品です。東さんの持てる技術を詰め込んだ厚さわずか約1mm、重さ約40gの杯。そのフォルムはとても美しく、手に取るとその軽さに驚きます。
このビア杯は、プロジェクトのスーパーバイザー、小山薫堂さんに絶賛され、この年のグランプリを獲得しました。
このプロジェクトの参加により、レクサスでの販売はもちろんのこと、プロジェクトのサポートメンバーの生駒芳子さんと新たなプロジェクトを展開する等、様々な活動を展開中です。
「アスリートと同様に職人も、自分の持てる技術を最大限に発揮できるには年齢的にも体力的にも限りがある。」と東さんは言います。そこで、最終の仕上げは人の手ですることが必須ですが、次の世代に技術・技法を繋ぐために伝統工芸のデジタル化に取り組んでいます。「大まかな形作りを、自分の技術をプログラミングした機械が行い、仕上げを自分が行う。そうすれば技術を残すだけではなく、製造コストの削減にも繋がり、より多くの人に桐の魅力を伝えることにも繋がる。まだそのプログラミングが難しいですが。」と東さんの挑戦は始まったばかりです。
桐の魅力を人々に伝えることだけが、東さんの想いではありません。伝統を繋いでいくこと、その想いも忘れてはいません。
まずは、東さんの受け継いできた紀州箪笥の技術・技法を繋いでいくために、意欲のある若者を受け入れ、技術を惜しみなく伝えるなど後進の育成に取り組んでいます。既に東さんの元を離れ独立した方もいます。「自分のライバルとなる後継者を育てること。これこそが産業の発展の一番の近道なんだ。」と東さんは語ってくれました。
次の世代へと伝統を繋いでいく、それは紀州箪笥だけではありません。東さんはさらに一歩先に進んだ試みに挑戦中です。今のままではなくなってしまう他の技術・技法をも次へと繋げていきたいと言います。今挑戦しているのは、和歌山のケンケン漁で使用される仕掛けの一つの潜行板です。この潜行板を作ることのできる職人が和歌山県では一人だけで、かつ80歳を超えていることから、東さんに潜行板を作ることができないかという相談があったそうです。「実物を見たら同じような形に作ることはできるし、導入した機械でも形状を残すことはできる。でも同じ形にするだけではだめで、なぜこの形状なのかといった理を知る必要があるし、それを伝えなくてはいけない。」と、実際に職人のもとを訪れ、学んでいるそうです。
桐のビア杯 鳳凰を持つ東さん
伝統の枠にとらわれず、人との出会いから、桐の魅力を活かして新しい作品を生み出し、最終的には桐箪笥を後世に残したいという東さん。そして、東さんの技術・技法を受け継ぎ、紀州箪笥の産地で活躍する若い職人の皆さん。紀州箪笥のこれからにご期待ください。
近畿経済産業局 産業部 製造産業課
電話:06-6966-6022