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鹿革をフィルターに使うマスクで新型コロナウイルス対策
~株式会社春日~

最終更新日:令和5年3月15日

奈良県宇陀市南部は毛皮革産業の産地として知られ、中でも鹿革の出荷高は全国シェアの95%以上を誇る。その一翼を担う春日は鹿革を中心としたなめし加工を手がけ、剣道、弓道などの武具用鹿革を武具メーカーに提供するほか小物、バッグといった鹿革製の製品も扱う。
鹿革の中でも中国・江西省に生息する「キョン」と呼ばれる小型鹿の原皮は除菌能力、濾過能力、防臭能力、耐久性などで優れた特性を備え、日本では古来より「鹿皮=キョン皮」とされるほど広く普及しているという。春日はそんなキョン皮をなめした革をフィルターに使う「新型i‐deerマスク」を開発した。

キョンの皮をフィルターに使う「新型i‐deerマスク」
キョンの皮をフィルターに使う「新型i‐deerマスク」

伝承に製品開発のヒント

鹿の皮をなめした革をセームという。「新型i‐deer(アイディア)マスク」はマスクのフィルターに「キョンセーム」を使っているのが特徴だ。日本にも和鹿が生息しているが、歴史上、和鹿の皮は日本でほとんど使われなかった。一方でキョンは2000年近く前より中国から輸入されているとも伝えられる。わざわざキョン皮を使ってきたのは、和鹿にない特性が数多くあるからだという。「お釈迦(しゃか)様が鹿革の袋で水をこし、飲み水による感染症の流行を鎮めたという伝承を聞いた」と開発者の辻本豊仁氏はキョン皮の特性を紹介する。
釈迦の伝承はキョン皮のろ過能力を伝えるが、キョン皮はほかにも塩素の吸着・分解やガスの分解、抗菌、ショック吸収、復元能力など多くの特性があるとされている。そんなキョンセームのフィルターをマスクの本体に装着すれば、感染症対策につなげられると考えた。

フィルターのキョンセームを挟み込む(裏面)
フィルターのキョンセームを挟み込む(裏面)

前モデルの製品化にあたっては伝えられてきた特性を科学的にも調査した。キョンセームの繊維構造や、浮遊するウイルスに対する遮蔽率、抗菌性などを外部の試験機関でテストし、この結果を踏まえて開発を進めた。

研究者向けを一般向けにリニューアル

前モデルの「i‐deerマスク」は2009年に鳥インフルエンザが流行した際、研究者向けに開発し、好評を博した。それから約10年を経た2020年初からの新型コロナウイルス感染拡大がマスク事業の転機となった。クラスター(集団感染)が確認された和歌山県内の病院に前モデルの「i‐deerマスク」を寄贈すると、他の病院などからも引き合いが相次いだという。これを受け、「新型i‐deerマスク」の開発を始めた。
4本のワイヤを使った前モデルは装着に慣れが必要で、日常的には使いにくかった。新型の開発にあたり、高齢者をはじめ一般の人でも簡単に着けられるようワイヤを外したほか、デザイン性の向上や暑さ対策、呼吸のしやすさなどにも腐心した。デザイン開発と縫製、開発と販売には他社の協力も得た。完成した一般向けの「新型i‐deerマスク」は同社のホームページで2020年9月に発売した。

独自の鞣し技術を確立したと辻本氏
独自の鞣し技術を確立したと辻本氏

「新型i‐deerマスク」には前モデルにない技術的な特徴がある。2017年ごろ、同社はある博物館から縄文時代の衣装復元の依頼を受けた。これに取り組むなかで、辻本氏は古くから伝わる技術や処方に魅せられたという。そこで博物館に納品した後も研究を重ね、数千年前のなめし加工を復元した「縄文鞣(なめ)し」と呼ぶ独自の処理方法を編み出した。この処方は「新型i‐deerマスク」のキョンセームにも採用している。辻本氏は「なめしが悪いと(キョン皮の)持っている力の10~20%ぐらいになってしまう。しかし『縄文鞣し』ならほぼ100%引き出せる」と解説する。

「縄文鞣し」を前面に打ち出し多用途展開を計画

「新型i‐deerマスク」は新型コロナウイルス感染症の拡大で市場を開拓してきた。辻本氏は、コロナ禍の収束後も一定数の需要があると見込んでいる。2020年春に起きたマスク不足を教訓に、感染症の世界的な流行が起こっても国内に流通させられるよう、マスクはすべて日本国内生産だ。「リピーターも多い」と辻本氏は話す。今後も認知度向上にさらに力を入れる考えだ。
一方で辻本氏は今後、「縄文鞣し」を前面に打ち出した多用途展開を計画する。「新型i‐deerマスク」の製品化はこの第1弾とも位置づける。「『縄文鞣し』をやり始めて一番驚いたのは私。なめし加工を理解している人ほど逆にこの処方に気づかないのではないか」と辻本氏は指摘する。現代のなめし加工技術は最良の仕上がりや性能を求めて古代から発展してきたもの。逆に現代の技術に至る過程で、置き去られてきた視点がある。「今の処方とは熱のかけ方が違う。これまでの6~7倍の労力がかかる」と丁寧な作業-、作業の効率化によって失われてきた中に処方の核心があると明かす。

独自のなめし技術を用いた燻革ストラップ「香瑩」
独自のなめし技術を用いた燻革ストラップ「香瑩」

「縄文鞣し」で処理すると、なめし加工の専門業者の想像をはるかに超えた強い革ひもができるという。辻本氏はキョン皮を用いた「切れない鹿革のひも」として、米国をはじめ海外市場を中心に販売を強化する方針だ。さらに、非常に柔らかく仕上がるため、いままで不可能だった鹿革のアパレル製品もつくれるめどが付いた。鹿革のアパレルは海外のファッションブランドからも注目を集めていると言い、アパレル分野への本格進出を模索する。
すでに市場投入した「縄文鞣し」の製品もある。燻革ストラップ「香瑩(しゃんいん)」は防虫・防臭、防菌・防ウイルス、アロマ効果などが期待できるという。
辻本氏は「本当のなめしとは何か、人間の長い歴史の中で答えが出ている。太古から伝わった知恵を復元し、製品化して残すのが我々の使命」と今後の展開について語る。

開発者メッセージ

当社は素材そのものを再研究し、一番重要な商品である鹿革への理解を深めてきた。その結果「縄文鞣し」にたどり着き、本物の革が復元できるようになった。この素材をこれからどのようにアピールし、奈良県宇陀市の産業の先導役を果たせるのか考えていきたい。
宇陀の毛皮革産業は明日香時代から盛んだった大変古い産業なので“火”は消したくない。田舎の小さな会社なので、最先端技術を追い求めるのではなく、いままでの人間の歴史の中で最高品質だった時期を選び、復元していくことが日本での生き残りや世界への進出の鍵となると思う。

企業情報

▽企業名=株式会社春日
▽代表取締役社長=辻本 俊治
▽所在地=奈良県宇陀市菟田野岩崎425-1
▽設立=1955年4月
▽売上高=非公表
▽従業員=30人

このページに関するお問い合わせ先

近畿経済産業局 地域経済部 産業技術課
住所:〒540-8535 大阪市中央区大手前1-5-44
電話番号:06-6966-6017
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