アトツギを知財で次のステージへ!攻めと守りの
知財活用プログラムDAY3
(令和7年度 次世代経営者向け知財リテラシー向上支援事業)
近畿経済産業局では、次世代の経営者として成長し、後継者ならではの発想で新事業を生み出し企業を成長させたいという想いを持つ中小・中堅企業のアトツギを対象に、知的財産に関する座学、フィールドワーク(企業訪問)、ワークショップを通じて、企業の利益の源泉である知財を意識した経営を体験していただくプログラムを実施しています。
ここでは、座学の一部をアーカイブ形式でコラムとしてお届けしていきます。
DAY3(2025年11月19日(水)開催)
アトツギ×知財 先輩企業訪問
訪問企業 ハードロック工業株式会社 代表取締役 若林 雅彦 氏
はじめに
第3回となる今回は、「絶対に緩まないねじ」という唯一無二の技術で、鉄道・橋梁・プラントから宇宙・海洋分野まで幅広く採用されている「ハードロック工業株式会社」を訪問しました。創業から半世紀にわたり、「ねじの緩みによる事故をゼロにする」という使命を掲げながら、新たな市場を切り拓き続けてきた同社。その歴史や発明の裏側、知財戦略、組織づくり、デザイン経営へ向けた進化まで、参加したアトツギにとって多くの示唆を与える内容となりました。

創業者のひらめきが会社の歴史を動かす
講義の冒頭では、創業者 若林 克彦 氏が生み出した「U・ナット」の開発についてお話いただきました。アメリカ製のセルフロックナットの改善点(構造、製造コスト等)を見抜き、その日のうちに試作し、翌日には形にしてしまったというエピソードは、創業者の行動力を象徴するもので、「U・ナット」は爆発的に売れ、売上15億円を達成するまでに成長しました。
しかし、振動の大きな場所では、板バネの変形やバネが外れねじがゆるむなどの課題があり、時には脱落事故につながるケースもあったのです。「どうすれば本当に緩まないナットが作れるのか」。
その問いに向き合い続けた日々が、のちの「ハードロックナット」誕生につながっていきました。
転機は、ふと神社の鳥居を見上げた際に、柱と貫の隙間が「くさび」で固定されているのを見つけたときに訪れました。このくさびの力をナット構造に応用できるのではないか?という発想が、世界初の「緩まないナット」=「ハードロックナット」開発の出発点になりました。試行錯誤の末、構造上従来のナットよりも重量やコストが倍になるという不利を受け入れ、それでも「安全こそ最優先」という信念を貫き通した創業者の決断が、今の世界的ブランドを築いた原点となりました。
圧倒的な「緩まない性能」と徹底したブルーオーシャン戦略
「ハードロックナット」は、「一般ナットに比べ10万倍以上緩みにくい」という解析結果が示されており、点付け溶接に匹敵する固定力を持ちながら、取り外しや再利用もできるという画期的な性能は、世界中で評価されています。さらに同社は航空宇宙分野の品質の規格認証を取得し、品質保証体制を徹底的に整備。「安全を提供する企業として品質保証は生命線」という言葉どおり、細部から理念が実践されている様子が伝わってきました。
同社が成長を遂げた大きな要因の一つが、戦う市場の選び方です。市場の95%を占める一般ナットは価格競争が激しい領域です。同社はそこに参入することを選ばず、あえて残りの5%、振動・衝撃が激しく、一般ナットでは緩んでしまう領域だけに集中しました。
同社は鉄道や橋梁、化学プラントなどの分野で実績を積み上げ、新幹線に採用されることでブランド価値は大きく飛躍します。「安全=ハードロック」という認知を国内外で確立し、後発が入り込めない戦略は、アトツギにとって大きなヒントとなる内容でした。
知財による攻めと守りの経営
ハードロック工業株式会社の技術製品は、海外を含め多くの模倣品が出てきます。これに対し同社は、特許が切れた後も常に改善を加え、新たな特許を出願し続けることで優位性を維持してきました。特許の保護期間は原則として出願から20年ですが、実際のビジネスサイクルを考えると、製品を市場に浸透させ、改良版を出し、さらに知財を更新し続けることが不可欠であるといいます。模倣品が外観だけ似せても、顧客の課題に向き合い続けた経験値や、品質の再現性までは真似できない。知財と現場のノウハウが組み合わさることで、中小企業でも世界市場で戦えるということを、同社の取組を通じて学びました。
アトツギ社長が「ワンマン経営」から「組織経営」へ
事業承継後の取組としては、アトツギの若林 雅彦 社長が中心となって創業者の発明力だけに依存せず、組織全体で製品開発や品質管理に取り組める体制へ組織経営に転換してきた内容が語られました。
現在では同社は製品販売のみにとどまらず、安全なねじ締結技術のソリューション提供を行う企業へと進化を遂げています。ボルト・ナット・座金に加え、正しい締め付け方法なども含め、ソフトとハードを一体で提供する取り組みは、まさに「コト売り」への転換。さらに、デザイン会社との協業や、大学との共同研究、国の支援事業にも積極的に取り組み、複合樹脂ねじなど次世代技術の開発にも挑戦しています。創業者の精神を受け継ぎながら、アトツギが力強く改革を進めている内容を受け、今回参加のアトツギは勇気づけられた様子でした。
会社の歴史や在り方についてのお話を伺った後は、耐久試験等を行う設備等の見学をしました。特に印象的だったのは、公開できるエリアと企業秘密に関わるエリアが明確に区分され、社員の方々にも周知されている点です。見せる部分と守る部分の線引きが整理されており、技術と品質を強みとして大切にしながら知財を適切に扱う企業姿勢を強く感じました。
技術ブランドの位置付け
講義の後半では、弁理士の森岡智昭先生とともに、技術とブランドの考え方や知財化の判断等に触れるクロストークが行われました。発明企業として世界的評価を得てきた同社の経験は、アトツギにとって知財を経営に結びつける視点を理解するうえで、重要なヒントとなるものでした。
対談でまず取り上げられたのは、「技術ブランド」の位置付けについて。同社のブランドは、ロゴや広告によって形成されたものではなく、「緩まない」という性能そのものが長年の実績によって証明されてきた結果として成立しています。技術ブランドは「嘘をつけない領域」であること。製品の性能と実績の積み重ねが、企業の信頼を形づくるという点が印象的でした。
知財は経営判断であり、技術判断ではない
対談では、「特許を出すこと自体が目的」という発想の危険性についても語られました。
知財の取得は技術の優劣だけで決めるものではなく、経営の方向性、事業リスクなど、複数の観点を踏まえて判断する必要があります。すべてを特許で守るわけではなく、あえて公開しないノウハウを組み合わせることで競争力を維持しています。「特許を出すべき」点と、「ノウハウで守るべき」点。その線引きを経営の視点を踏まえて判断していることは、アトツギにとっても非常に参考となる内容でした。
顧客との対話が技術を磨き続ける
ハードロック工業株式会社の製品や技術力は、研究室だけで生まれたものではなく、多様な現場の課題を解決する中で、顧客と「共創」し、生まれたものです。現場の悩みを丁寧に聞き取り、課題解決を考える中で、設計変更や新素材の開発を進めてきました。この積み上げが、結果として新たな特許や独自ノウハウの形成につながり、さらにブランドを強くするのだと語られました。
また、顧客が買っているのは「商品」ではなく「安全」であることが繰り返し示されていました。振動や衝撃が激しい環境では、1つのナットの緩みが事故につながるため、顧客が求めているのは、単なる締結部品ではなく、「緩まないことが保証されている」状態。提供している価値は単なる部品ではなく、「安全」という状態そのものです。
今回の訪問では、市場の選び方、品質管理の徹底、理念の浸透、知財戦略、組織のつくり方まで、ものづくり中小企業が成長し続けるための本質が詰まっている、生きたお話をしていただきました。ハードロック工業株式会社が体現する、「技術・知財・理念・品質・デザインの統合」こそ、これからの中小企業が世界で戦うための大きなヒントになるはずです。
特許、共同開発契約・ライセンス
〜開発・オープンイノベーション・協業に必要な知財〜
さくら国際特許法律事務所 パートナー/弁理士 森岡智昭 氏
掲載元(metichannel)
掲載元(metichannel)
はじめに
第3回講義では、中小企業の知財経営を支援する弁理士・森岡智昭先生に「アトツギ経営者のための知財と事業戦略」についてお話しいただきました。単なる特許の制度や取得方法のみならず、経営判断や事業構造の理解、ブランド構築までを一体で捉える内容は、アトツギだからこそ向き合うべき視点に満ちていました。
変える価値と変えない価値
冒頭で印象的だったのが「後継者は、まず変える価値と変えない価値を見極めるところから始まる」という言葉でした。技術、顧客、ブランド、事業領域など、企業には守るべき核と時代に合わせて刷新すべき部分が共存しています。先代が築いた価値観を尊重しながらも、現代の市場に合わせてアップデートするためには、この峻別が欠かせません。
さらに、既存顧客・新規顧客、既存事業・新規事業を軸にしたマトリクスを用いながら「どこに事業の軸を置くかで、必要な知財戦略も変わる」と説明。既存事業に近いバリエーション展開なら特許よりもスピードが重要になり、飛び地の新規事業ならブランド・特許・外部連携が不可欠になるなど、方向性ごとに取るべき戦い方が異なります。自社の未来像を描くうえで、事業の距離感を測る視点が重要であることを強調されました。
また、「下請け型ビジネス」と「自社製品型ビジネス」の違いにも言及。下請けが中心だった企業がいきなり自社製品開発に飛躍するのはリスクが大きいが、OEM・ODMの段階を踏みながら、少しずつ自分たちの価値で勝負できる領域へ近づくことが重要だと示されました。
ポジショニングとブランドは事業の意思表示
講義の中心となったテーマが、「企業の”ポジショニング”と”ブランド”の本質」でした。「ブランドはおしゃれに見せる装飾ではなく、企業がどんな価値を提供し、顧客にどう認識されたいかという、『事業戦略の意思表示』である」との説明がありました。コーヒー市場や自動車市場を例に、それぞれ異なる価値で顧客に選ばれていることを示しながら、技術・価格・世界観・体験等がブランドを形づくる要素であると解説。企業がどのポジションを狙うかによって守るべき知財や投資すべき領域も変わります。
ブランディングの事例では同日に見学を行ったハードロック工業株式会社も取り上げられ、同社が“絶対に緩まない”という価値をブランドの核に据え、新幹線などの重要施設への採用実績で信頼性を高めてきた背景が紹介されました。「技術ブランドはBtoB企業において大きな武器になる」という新しい視点を参加者に提供されました。
強みとは「持っている技術」ではなく「価値を届ける能力」
企業の強みについて語られたパートでは、「技術が優れている=強み」ではないと強調されました。市場のニーズに対し自社がどんな価値を提供するのか、提供するために必要なリソースは何なのか、キーとなる技術(特許)、デザイン(意匠)、信頼(商標)が何なのか、これらが整っていることが企業の「強み」になります。技術者視点だけで新商品をつくり、市場のニーズとずれて失敗した事例が紹介され、強みを取り違える危険性が示されました。
また、自社の強みを明確にするための手法として紹介されたのが、Needs(顧客の欲求)、Approach(アプローチ)、Benefit(得られる価値)、Competition(競合)を整理する“NABC”の考え方です。コンビニコーヒーが急成長した背景を例に、技術だけではなく顧客価値へのアプローチが市場形成に大きく影響することについて説明いただきました。
共創・共同開発は目的化すると失敗する
後半のテーマは、具体的な知財実務と共創。「共同開発は目的ではなく手段。自社が足りない部分を補い、新たな価値を生み出すために行うべき」と述べたうえで、大学・大企業・スタートアップ・中小企業との協業の特徴と注意点について紹介されました。
特に、特許権の共有のリスクはアトツギにとって大きな学びになりました。共有特許は、共有者が他の共有者の同意を得ずに単独で実施できてしまうため、パートナーが競合に転じる可能性があります。また、第三者へのライセンスには共有者全員の同意が必要で、事業の自由度が失われるという構造的な問題があります。こうした制度の穴を理解したうえで契約を結ぶ必要があると強調されました。
その他、ノウハウの無断利用、ライセンス料の不透明さなど、実際のトラブル事例も紹介。「契約こそが企業を守る最後の砦である」というメッセージが印象的でした。
見落としがちな引き継ぎの落とし穴
講義の終盤では、特許や意匠などの「公開される知財」だけでなく、ノウハウや設計図、顧客リストなどの「公開しない知的資産=営業秘密」の重要性も語られました。ベテラン社員が退職し、製造ノウハウが消えてしまうケースや、曖昧に使われていた著作物が後継者の代になって突然、権利侵害を問われる例など、引き継ぎ段階で潜むリスクが具体的に示され、日々の管理体制を整えることがアトツギの責任でもあると指摘されました。
「自分の問い」を持つことが後継者の役割
講義の最後に、「アトツギが守るべきものは先代の答えではなく、自分が持つべき問いである」とのお話をいただきました。変革しなければならない部分を見極め、守るべき価値を引き継ぎながら、自社にとって必要な戦略と知財活用を描くこと。それが、これからのアトツギに求められる姿であると強調されました。
今回の講義は、知財を単なる権利として扱うのではなく、事業戦略・ブランド形成・組織運営と結びつける知財経営の重要性を学ぶ時間となりました。アトツギがこれからの時代を切り開くうえで、必ず役立つ視点が詰まった講義でした。
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